読書と場の記憶

民喜と僕と広島

【Posted by  手嶋 勇気 yuki tejima 】

僕はいま広島に住んでいて、絵を描いたりしながら生活しています。自分が住んでいる場所を取材して作品をつくっていることもあり、普段見ている景色が読書を通じて変わるという体験をたびたびしているので、今回はそういったことについて書けたらなと思っています。

皆さんは、原民喜(はら たみき)という詩人・小説家をご存知ですか?

民喜の代表作といえば、広島での被爆体験をもとに書かれた小説「夏の花」です。原爆文学として名高い本作を教科書で読んだことがあるという方も多いのではないでしょうか。

僕はというと、2〜3年前まで原民喜も「夏の花」も知らなかったのですが、街の本屋さんで『原民喜童話集』をたまたま見つけたことがきっかけで彼の作品を知りました。この本は、民喜が遺した童話作品7篇に全集未収録詩篇1篇の〈童話集〉と研究者や作家によるエッセイを収録した別巻『毱』の2冊組になっていて、とにかく装丁が綺麗で思わず手にとってしまいたくなります。民喜の童話の妙な軽やかさと澄んだ文体に惹かれながら7篇の童話と1編の詩篇を読了しました。

民喜の童話は、「むかしは子どもだったおとなに向けてかかれているのかもしれないし、子どもだったころのその人に捧げられているのかもしれない。」と竹原陽子さんが別冊のエッセイで評しているように、子どものためだけに書かれたものというよりは、大人が童心にふれるためにも書かれたものなのかもしれません。読んでいると幼い頃に大切にしていた物や、ふとした時に想像していたことを思い出して少し優しい気持ちになれます。

この本との出会いで原民喜に興味を持ちはじめ、「夏の花」や彼の人生を知ることになりました。彼の代表作や悲惨な体験の重要性は認めたうえで、原民喜が生来持っていた気質のようなものに僕は惹かれたのだと思います。

そして、いろんな縁が重なって、当時勤めていたギャラリーで原民喜の企画展を担当することになりました。彼の青年期の詩篇を見つけて読んでみると、漠然とした不安感ややるせなさが漂っていましたが、それと同時に彼の言葉使いに童話と似た印象をうけました。お気に入りをいくつか紹介すると、


何もしない
日は過ぎてゐる
あの山は
いつも遠いい


愛でようとして
ためいきの交はる
ここの川辺は
茫としてゐる


私の一つ身がいとしい
雲もいとしい
時は過ぎず
うつうつと空にある

民喜の童話と詩は、単語ひとつひとつが輪郭を持っていて、詩の場合、山や川、空や雲といったモチーフが際立って見えてきます。広島の中心部は山に囲まれていて、たくさんの川が流れているのが特徴で、彼が作った詩を読むと 1世紀くらい前から変わらずに残っているものに目を向けてしまいます。そして、いまはアスファルトの下や、高いビルで隠れてしまっているものたちに想像力を働かせてみたくなるのでした。

原民喜(はら たみき)
1905‐1951。詩人・小説家。被爆体験をもとに著した「夏の花」が代表作として知られるが、詩作、童話、エッセイなど多様な形態の作品を残している。1944年に妻を亡くし、翌年、疎開先の広島で被爆、1951年3月13日、国鉄線・吉祥寺-西荻窪間の線路上で自死 。

投稿者 :  手嶋 勇気 yuki tejima

1989年、北海道生まれ。画家。写実絵画の技法研究と制作の経て、土地の歴史や文脈に自身が接続される試みとして、「風景」を主な題材として描く。近年は、スマートフォンのドローイング用アプリでスケッチした画像を絵の具などを用いて再現した作品シリーズ"AID"を発表している。主な展覧会に、「個展:ひろしまスケッチ」(ギャラリーG、広島、2020)、「specimen(s)」(EUKARYOTE、東京、2019)、「VOCA展2019 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」 (上野の森美術館、東京、2019)、など。展示ディレクションに「原民喜 -かすかにうずく星-」(ギャラリー交差611、広島、2018)。現在、広島在住。Instagram

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